2014年8月30日土曜日

ツァラトゥストラはこう言った 上

ツァラトゥストラはこう言った
氷上英廣 訳



みなさんこんにちは。
今回は、ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』の上巻を読んでみました。

センター試験の倫理科目で暗記したことが懐かしく、それからニーチェに触れることはなかったのですが、神は死んだと言ったニーチェがどんな思想を持っているのか興味があり、手にとってみました。

あくまで自分の感想ですが、自分の中にある超人を認識することが人間にはできる、みたいなことが書いてあるのかなと思いました。

結婚と子供について、の章立てはとても人生の教訓となりました。
しかしこのようなことを深く考えていると結婚には至らないのではないかと思う節もあります。
結婚が二人の人間からより一層の超人を創造する事である。
子供が親の為に泣いている。
というのは親がまだ結婚するに値しない器のまま結婚したために子供が藻掻いていると読むことができるでしょうか。

また、行っていることが抽象的で不可解な印象を受けるところもあるのですが、力強い文体で生気を高めてくれます。
氷上さんの訳も、身体に心地よく染みてきます。

「すべての神は死んだ。これからは超人の産まれることを願う。」という有名な一節に辿り着いた時にはなにか神聖なものを感じることができました。

最近もっぱら数学や物理学ばかりに触れていたので、久しぶりに哲学的なものに当たってみて、なんでか心が浄化されてゆくような気持ちになりました。
やっぱり自分は理系頭ではないのかな、という疑念が生じています。

2014年6月14日土曜日

ある心の風景 - 梶井基次郎

みなさんこんにちは。
今日は青空文庫から、梶井基次郎さんの作品である"ある心の風景"を読んでみました。

梶井基次郎の作品はいくつか読みましたが、僕は彼の作品を読むとたいてい、夕暮れ時少し冷たい風が吹く中で、少し高台から夕焼けを眺めているような不思議な情景を思い浮かべます。
この作品も、そんな作品でした。

「僕は街の中では苦しい」

という一文が何となく心に残ります。

「朝鮮の枯れたような美しい鈴の音が、喬の心のようである」
という文や、
「私の病んでいる生き物」といった文からは、やはり心を病んでいるのかと思わせるような表現が多々ありました。
最後の台詞はよくわかりませんでしたが…。

梶井基次郎、どのような人物だったのかとても気になります。

2014年6月13日金曜日

幻の翼 - 逢坂剛

みなさんこんにちは。
先日、MOZUのシーズン1がテレビで最終回を迎えましたね。
僕は体調が悪かったので、録画しておいたのを後で楽しもうと思っています。

体調が悪くてずっと寝たきりなのですが、少し回復してきたので、以前から読んでいた逢坂剛さんのMOZUシリーズの2作目にあたる『幻の翼』を読みました。

全作品に続き、倉木、大杉、津城警視正、そして明星という個性の強いキャラクターたちが政界の闇に立ち向かいます。
かなりドス黒い人間の汚さが表現されているというのが感想です。
倉木と明星の関係性が段々と蜜になっていく様は全作を読んでいる人は一層感じることができるのではなかったでしょうか。

この『幻の翼』は明星を中心に事が展開されているような印象を受けました。
全作では明星の裏に津城警視正という上官がおり、彼がおおよその指揮を取っていた感があったのですが、『幻の翼』中盤あたりからは津城警視正にたいする意見のすれ違いが明星と大杉の両者から感じます。

津城警視正は森原を叩くという大きな目的のために動いているのであり、倉木を助け出すことが第一の目的ではないのです。
しかし、明星と大杉は違います。
この二人は人道的で、倉木にたいして深い情を抱いています。

終盤、津城警視正は悲惨な結果になってしまいますが、さすが用意周到な人物でした。

今度はシリーズ3作目を読んでみようと思います。



2014年5月10日土曜日

百舌の叫ぶ夜 - 逢坂剛

みなさんこんにちは。
TBS系列で放送中のMOZUに触発され、原作を読んでみました。

壮大なスケールです。スティーグ・ラーソンのミレニアムに続く壮大さでした。僕が読んだことがある中で、という事ですが。
ドラマとは時代や内容が少し異なるところがありましたが、異なることでドラマではそういうふうに再現しているんだなあ、なんていう観察眼が広がりより一層楽しむことが出来ました。

確か、倉木警部の娘さん(この娘さんが後に重要な事実をもたらすことになります)は本書でA型の設定が、ドラマではB型になっていたり。
大杉警部が思った以上に結構頭の切れる人物であったり。
それから書店では3部並べて陳列されていたので、完結しないのかと思っていたら、『百舌の叫ぶ夜』で完結しました。

ということは、Season2の幻の翼では、別のストーリーが展開されることになるのでしょうか。

本書で描かれるストーリーのような事象が現実に起こっているとすれば、それは僕の知るところではないし、そのような事に携わる人たちに畏怖してしまいます。
倉木警部や大杉警部補のように何かしらの信念と執念を持ち、大きな圧力に屈しながらも負けない精神はとても凄いと思うのです。

この物語の主人公は表面上は倉木だと思いますが、第二の主人公として、そして裏のストーリーとして百舌が主人公であり、百舌の復讐劇だと感じました。

序盤から中盤にかけてはダラダラと読み進め、中盤以降は一気に読み終えることが出来ました。

本シリーズに関しては、2巻購入することは僕の決定事項となりましたので、本日書店に行こうと思います。


2014年4月14日月曜日

フェルマーの最終定理

フェルマーの最終定理
サイモン・シン

みなさんこんにちは。
今回、『フェルマーの最終定理』という本を読みました。
この本には、中世ヨーロッパで法律家として仕事をしていたピエール・ド・フェルマーというフランス人が、本の余白に残した命題が真かどうかを確認する作業を何世紀にも渡っておこなうという数論に対する人類の情熱が書かれいます。

また、数々の数論者たちが残した名言的なものも時々登場して、感銘を受けました。
以前、『素数の音楽』という本も読んだのですが、その時と同じように、これまで数学・数論に興味の無く苦手意識で拒否反応を示していた僕にとって、数のロマンを教えてくれた一冊になりました。

そしてアンドリュー・ワイルズというイギリス人が、何年も秘密裏に自分の屋根裏部屋に引きこもり、数の宇宙を冒険した結果、ようやく高度な技術を用いて証明に成功した経緯が書かれています。
この本の凄いところ、というか読者を引きつけるところは、難しく書かれていない(数式がつらつらと書かれているわけではない)というところではないか。
物語風に、数論にかける情熱が伝わってくるように、そして読み手が数というものに興味を持たせるような書かれ方をしています。


ちょっぴり、名言を以下にメモしておきます。
ゲーデルの不完全性定理を受けて、アンドレ・ヴェイユいわく、
「神は存在する。なぜなら数学が無矛盾だから。そして悪魔も存在する。なぜならそれを証明することはできないから」
数学者のE・C・ティッチマーシェ
「パイが無理数だと知ったところで何のやくにもたたないだろうが、知ることができるのに知らないでいるなんて耐えられないではないか」


トルエルというゲーム理論の問題は、考えてみると面白い問題でした。
そのゲームの概要を以下に書いておきます。

クロ氏とシロ氏とグレー氏の三人がもめごとの解決のためにピストルで決闘をする。クロ氏はあんまりピストルが上手くないので、3回に一回の割合で命中する。グレー氏はまあまあで二回に一回の割合で命中する。シロ氏は百発百中である。公平を計るためにクロ氏、グレー氏、シロ氏の順に発砲することにした。クロ氏は、はじめのターンにどこを狙うべきか、という問題。クロ氏は空に向かって発砲するべきである。

この理論を知っていると、生き残る確率がはるかに向上します。


また、素数について、以下のような不思議な数の並びかたがあるそうです。
31
331
3331
33331
333331
3333331
33333331
は素数
333333331は素数ではない。
一見規則性があると見受けられそうですが、9桁目になると、その規則性が根本から崩れてしまうということです。
素因数分解すると、333333331=17×19607843になるようです。


読み終わって思った事は、フェルマーは本当に、最終定理を証明する事ができていたのだろうかということです。
きっと、ワイルズが用いた手法でフェルマーは証明していないだろうし、だとすれば、フェルマーはどのような証明をおこなったのか、とても気になるところです。
ワイルズの証明が掲載されている論文はネットで閲覧可能だったのでリンクを貼っておきますが、この論文を理解する事ができる人がどれくらいいるのかも気になります。
人間の脳の凄さを改めて認識します。

論文のリンク:http://www-math.unice.fr/~brunov/Cours/Cours%20Algebre-Arithmetique%20L3%202007-2008/Fermat-Wiles.pdf

2014年4月12日土曜日

宮本武蔵1

みなさんこんにちは。
今日は、昨日本屋さんで購入した『宮本武蔵』の一巻を読み終えました。

吉川英治さんの著書で、新潮文庫から出ているものを買いました。
『三国志』も今5巻目あたりまで読み進めているところなのですが、以前木村拓哉さん主演の2時間スペシャルドラマ宮本武蔵を見て、本を読みたくなって購入しました。

宮本武蔵の名ばかりは、幼い頃から知っていましたが、一体何をした人なのか、その素性を詳しく知らず、歴史本にもあまり登場しないので彼の成し遂げた事など、特に詳しいわけではありません。

『宮本武蔵』について冒頭で著者が述べる事によると、一応は史実に基づいた物語である、ということです。
時代は徳川家康が天下をとり、信長や家康の活躍していた時代よりも泰平な時節。
そんななか、大きな夢を持った一人の田舎者、武蔵の生きる物語といったところでしょうか。
『三国志』もそうですが、この『宮本武蔵』にも、人間の本質というか、どう生きるのか、人の生き方みたいなものが描かれていると思います。
人徳の厚い劉備、少し不器用ではあるが、男らしい武蔵。

特に印象的だったのは、沢庵が武蔵をおびき寄せ、説教する場面です。
なんとも沢庵という人物は、おちゃらけているようで、しっかり眼を開いて物事を見、考えているなあと感じずにはいられませんでした。
『宮本武蔵1巻』ではなかなか存在感のある人物でした。
次巻からも登場して欲しい人物です。

また、物語に登場する女性たちも特徴的な人物であり、今後の行方が気になる3人の女性がいます。
なんといっても、お通は武蔵とどのような再会を果たすのか。
辛辣な過去を持つお通。しかし彼女の美麗さを想像すると、この先必ずまたしても行く手を阻む障害が待ち受けていそうな気がしてなりません。
お甲も気になりますが、朱美の行く末も気になる要素の一つです。

最後に余談ではありますが、青空文庫にも宮本武蔵シリーズは全巻揃っていました。
しかし、今回実際紙媒体の本で読んでみて、やっぱり読書は紙の本に限るなあ、と感じずにはいられませんでした。

2014年3月23日日曜日

ぼくは勉強ができない

みなさんこんにちは。
3月も半ばになり、僕の住んでいる沖縄は少しずつ春の気配漂う季節となってきました。
そんな中今回読んだのは、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』です。
この本には心に留めておきたい言葉がいくつか出てきたので、読み終わってから時が経った頃に思い出せるように少しだけ抜粋しておこうと思います。
持論も交えて。




ぼくは勉強ができない
 山田 詠美


秀美と、秀美を取り巻く環境や人々のセリフの中に、共感や反感を抱くことが多く書いてある。秀美とはこの物語の主人公。


桜井先生いわく、

世の中の仕組みは、心身共に健康な人間にとても都合良く出来てる。…省略



そのあと、芸術について語っている桜井先生。
芸術は無駄から生まれる。そしてその無駄がなかったらどれほどつまらないだろう、と。
僕は唸った。

無駄なくしてこの世の中は面白くならない。
そして、不健全な人々から生まれる芸術は時に素晴らしく美しいと思う。


小説だからと言ってはそれまでなのだが、秀美は少し大人すぎる。
高校生にしては物事を深く、側面から見ている。
山田詠美は、秀美を通して読者に自分の意見を伝えているのかもしれない。

秀美の家族は愉快だ。
おじいちゃんと母の構えはとても落ち着く。


秀美にふられた女性とが言い放った一言。

他の人とは違う特別なものをもっていると思っているくせに。


誰もが何処か心の中で、自分は何か人とは違う特別な良いものがあると信じているのではないかと思う。
それに頼って生きているのだ。



祖父いわく、

女の足は、裸足になってこそ価値があるというのに。


まさに、その通りである。
あのなめらかな曲線は女性特有のものだと思う。


過去は、どんな内容にせよ笑うことができるものよ。


秀美のように少しひねくれているけれど、芯の通った人間になりたいと思いました。