2014年3月23日日曜日

ぼくは勉強ができない

みなさんこんにちは。
3月も半ばになり、僕の住んでいる沖縄は少しずつ春の気配漂う季節となってきました。
そんな中今回読んだのは、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』です。
この本には心に留めておきたい言葉がいくつか出てきたので、読み終わってから時が経った頃に思い出せるように少しだけ抜粋しておこうと思います。
持論も交えて。




ぼくは勉強ができない
 山田 詠美


秀美と、秀美を取り巻く環境や人々のセリフの中に、共感や反感を抱くことが多く書いてある。秀美とはこの物語の主人公。


桜井先生いわく、

世の中の仕組みは、心身共に健康な人間にとても都合良く出来てる。…省略



そのあと、芸術について語っている桜井先生。
芸術は無駄から生まれる。そしてその無駄がなかったらどれほどつまらないだろう、と。
僕は唸った。

無駄なくしてこの世の中は面白くならない。
そして、不健全な人々から生まれる芸術は時に素晴らしく美しいと思う。


小説だからと言ってはそれまでなのだが、秀美は少し大人すぎる。
高校生にしては物事を深く、側面から見ている。
山田詠美は、秀美を通して読者に自分の意見を伝えているのかもしれない。

秀美の家族は愉快だ。
おじいちゃんと母の構えはとても落ち着く。


秀美にふられた女性とが言い放った一言。

他の人とは違う特別なものをもっていると思っているくせに。


誰もが何処か心の中で、自分は何か人とは違う特別な良いものがあると信じているのではないかと思う。
それに頼って生きているのだ。



祖父いわく、

女の足は、裸足になってこそ価値があるというのに。


まさに、その通りである。
あのなめらかな曲線は女性特有のものだと思う。


過去は、どんな内容にせよ笑うことができるものよ。


秀美のように少しひねくれているけれど、芯の通った人間になりたいと思いました。

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