2017年2月12日日曜日

時間

みなさんこんにちは。

沖縄では一足早く、桜が咲いており、桜祭りが昨日まで各地で開催されていたようです。

私はというと、行ってみたかったのですが桜祭りの開催日を調べ損ねてしまい、来週にはもうどこもやっていないという残念なことに…。

でもとりあえず、来週くらいに桜並木を見てこようかと考えています。

今日は、「時間」についてエッセイを書きます。





時間


  あの時間にはもう二度と戻ることはできない。どんなに楽しい時間を過ごしたとしても、もしくはどんなに悲しくて辛い時間を過ごしたとしても、その瞬間には二度と戻ることはできない。この世界がパラレルワールドで、世界がいくつもあって、僕と同じ姿をした人物がどこか知らない世界にいたとしても、それは僕ではないのだから。  
  あの時間に戻りたい。記憶を手繰り寄せて想像する。楽しかった時間、素敵な時間を思い出す。素敵で楽しい時間だったはずなのにどうして一旦思い出に変わると切ないものになってしまうのだろう。

  そういうことを考えると、誰かと一緒に過ごす時間というものはきっと、もっと大切にするべきなんだと思う。

  人は誰であれ、生まれた時から「死」に向かって絶対的な時間軸を進んでいく。時間の流れ方はそれぞれ違うかもしれない。ゆっくりとした時間、すごく早い時間。もしあなたと私とで、流れている時間が違っていたら、どういうことになるだろう。たとえ流れる時間は違っても、あなたと共に時間を過ごしたい。流れる時間が違っても、時には私があなたに追いつき、時にはあなたが私を待ったり、そういう風に時間を過ごせば楽しいでしょう。

  時間は不思議な概念だと思う。そこに当たり前にあるようで、はっきりしたことはよくわからない。時間って何と問われても、「そこにあるもの」としか私は答えることができない。アインシュタインならどう答えただろう?ただ言えることは、時間があるから生きて行ける。それだけは、たぶん間違いない。







2017年2月4日土曜日

キッチン (自作小説)

皆さまこんにちは。
今年も早くも2月になり、節分は昨日でした。
私の住んでいる沖縄にはもともと、私が幼少期だった頃には、恵方巻を食べる風習は無かったのですが、ここ5〜6年ほど前からでしょうか、昨日は恵方巻がスーパーやコンビニで沢山売られているのを見るようになりました。

本日は短編の物語を書いたので、この場に載せようと思います。



キッチン

 店内は、小鳥のささやきが聞こえる。一見キャパシティはそれほど多くはないような内装だ。ディナーもしているらしい。ワインのボルトがカウンターに並んでおりお洒落な雰囲気を作り出している。午後2時というピーク時はとっくに過ぎているからなのか、通常これくらいの客足なのか、店内には女性客が一人腰を下ろしていた。店の調理師と女性客との会話を聞いていると、常連さんのようだ。そしてまた、調理師の方はというと地元の出身ではなく他県からの移住者であるようだ。他県、私はなぜか他県に憧れを抱いている。なかなか地元が好きになれない性質なのだ。それが何に起因しているのか、幼い頃のトラウマか、もしくはただ沖縄という小さな島に飽きてしまっているせいなのか。結局のところ、地元の環境、空気だったり自然環境だったりが自分自身の身体や精神によくマッチしていることは感じているにもかかわらず、他県に嫉妬しているのだった。沖縄にはモノレールこそあれど、電車がなく、県外へ旅行するとなると飛行機か船を使用しなくてはならない。それがどうも、煩わしくて「県外に住んでいたらな」という思考回路に陥ってしまうのだった。
 そんなことを考えていると、調理師がメニューを持ってきてくれたので、私は肉料理のランチを注文することにした。調理師は女性で、少しふくよかで色白で、そのためか母性的で感じの良い印象だった。「肉料理のランチで。」私が注文すると、調理師はニコッと自然な笑みを表情に浮かべ、メニューを下げ調理場へ向かった。
 日曜にもかかわらず、調理師一人しか見当たらないので、ピーク時も一人で来客をさばくとなると大変だろうなと思った。私は先客の女性に背中を向ける形で、一番奥の二人掛けのテーブルに座って、注文した料理の配膳を待つことにした。5分ほどして前菜が運ばれてきた。私はてっきり小さな器にサラダがのった形で運ばれてくると思っていたのだが、考えていたよりも量が多く、色の違うオリーブ二つがお洒落に串刺しされたものや、白身魚とレタスのムニエル、トマトなどの生野菜が盛られたプレートが配膳された。前菜の彩に感心しつつも、空腹だったためあっという間に前菜を食べ終えてしまった。食事はよく噛んで30分以上かけて食べる方が健康に良いと何かの本で読んだっけ、と反省しながら空になったお膳をテーブルの端へやった。「あの人もう食べ終わってしまったわ」なんて調理師は急いでメインメニューを配膳しなければならないという使命感に追われてはいまいかと心配になってしまう。それから待つ15分ほどしたあと、メインの肉料理が運ばれてきた。この肉料理の正確な名前は覚えていないが、名づけるとすれば「モッツァレラチーズとチキンのグリル」といったところだろうか。想像できないかもしれないので詳しく述べると、オーブンでグリルされたチキンの上にモッツァレラチーズが乗っており、ソースはトマトソース的なやつである。フォークとナイフは使い慣れていないが、いかにもといった手つきでチキンを小さく切り分け、最初の一口を頬張った。ほっぺたが落ちるとは良くできた表現だと思う。チキン一切れを口に入れた数秒後、ほっぺたに刺激が走り、ほっぺたが落ちた。柔らかな食感が舌の細胞を伝って脳まで届き、香ばしいスパイスの香りが鼻を抜けていく。鶏皮のカリカリ感がもう少し欲しかったが、モッツァレラチーズのクリーミーさとチキンの肉汁がよく絡み合っており、とても美味である。2、3口ゆっくりとチキンの細胞組織を細かく嚙み砕き味わっていると。二人の若い女性二人組みが入店してきた。
 20代前半か、もしかすると10代後半と思えなくもない、それくらいの若い女性二人組だった。小鳥のさえずりと、調理師が調理するカチャカチャ、ジュー、という音、フォークとナイフがぶつかり合う音しか聞こえなかった店内の空気に、新しい別の類のものが吹き込まれてきた。彼女らが来店した事により、今まで店内を流れていた雰囲気、たとえば時の流れ、静寂さといったようなものは明らに渦を巻き、乱されていった。誤解を招くようだが決して、それが不快なわけではない。否、はじめは不快だったのかもしれないが、一般的に新しいお客さんが来店したという事は、お店に取っても社会的にも喜ばしい事である。はじめは不快に感じた、というよりも何か違和感を感じたのは、ある種人間的本能の、得体の知れない他者に対する恐れのようなものを感じたからかもしれない。彼女たちは若者らしく、恋の話で盛り上がっている。別に聞きたくて聞いているわけではないが、耳に入ってくるからしょうがない。配膳された私のお皿のチキンとライスは少しずつではあるが確実に、量を減らしていた。前菜こそ素早く食べ尽くしたとはいえ、実は私は小食なのである。ゆっくりとたくさん咀嚼しながらではあるが、完食に向けてしっかりと着実に感触へ向けて歩みを進めていた。若い二人組みの女性たちのテーブルにも注文の品が届けられた。黄色い声が耳に届き、「おいしい!」「おいしいね~」というありがちな感想が聞こえて来る。もしこの時「まずい。」「まずいね~」という感想が聞こえてきた時には、思わず吹き出してしまうかもしれないだろう。そういうコメディ的な要素が実生活の中に最近欠けているような気がして、刺激的な何か、面白い事を求めている自分がいることに、薄々気がつき始めている。この人間的欲求をどのように満たせばよいのであろう。ヒトの三大欲求に食欲、性欲、睡眠欲があるというが、この三大欲求さえ満たす事ができればヒトのよ級は本当に満たされるのだろうか。私より先に来店していた女性客は、一言も喋らず、座っているようだった。私は彼女に背を向けていたので、具体的な様子を述べる事はできないが、静かに座っていた事は確かだった。
若い女性たち二人も、次第に話題が尽きてきたのか、会話が少なくなってきてきた。
 少しずつ、店内には小鳥のさえずりと調理師の仕事をする時の音が聞こえるようになり、静寂な森の中にいるかのような空気がよみがえってきた。まさに私が来店し間もない頃の雰囲気に戻りつつある頃、私は最後のライスひと口分を食べ終えた。完食できた事への満足感と、お腹が満杯になったことで少し息苦しさを感じ、喉の渇きも感じた。ランチには食後に紅茶が出されるはずだ。前菜を食べ終えた時と同じように食器類をテーブルの端へ移動させ、食べ終えた事をアピールし、そろそろ紅茶が運ばれてきても良い頃合いだということを暗に訴える事にした。その訴えが調理師に届いたのか、しばらくすると紅茶が運ばれてきた。カップ一杯の紅茶だと思っていたが、やってきたのは透明なポットとティーカップだった。気分的にはイギリス王室御用達のカップでティータイムといった気分だった。カップ一杯分飲み干したところで、もう十分に感じたのだが、出されたものは全て飲み干したいという意地が邪魔をして、結局のところポットに入っている紅茶を全て飲み干すのにカップ3杯分の紅茶を飲む事になった。もうこれ以上は何もいらないと感じ、少し胃を休ませてから会計をしようと考えた。あいかわらず、私より先に来ていた常連さんらしい女性は座ったままである。女性客3人に対して男性である私は一人。調理師も女性ときている。今更ながら、私がこの場所にいる事が少し場違いなような気がしてきて、早くお会計を済ませて店を出たいという思いが強くなってきていた。しかし調理師はなかなか姿を見せない。この静寂さを乱してまで調理師を呼ぶ勇気は今この瞬間に持ち合わせてはいなかった。調理師が姿を見せるまで、少し待ってみる事にした。テーブルにある空になった食器を片付けに来てくれるかもしれない。その間私はBBCのニュースアプリで英文記事を読み始めた。最近はもっぱらアメリカ新大統領の話題で持ちきりである。どこかの国の国境に壁を作って移民の入国を阻止するために大きな長い壁を作るんだそうだ。それも、壁を作る費用はアメリカは支払わないときている。なんとラジカルな大統領なのだと批判したくなった。
 BBCニュースの記事をひとつ読み終えた頃、調理師が若者女性二人組みのテーブルにある空になった皿を下げに来た。「今しかない」お会計のチャンスである。少し背筋を伸ばし、調理師の顔に視線を向けた。言葉はいらなかった。視線を投げかけるだけで反応してくれた調理師に心中感謝し、勘定のジェスチャーをした。勘定のジェスチャーといえばいくつかあるようだが、両手の人差し指でバッテンを作るジェスチャーを使った。その後調理師についていき、レジ前まで進み会計を行った。「¥1,380です。」ランチとしてはまあまあ、妥当かそれ以上の値段だと思った。私は一万円札を最近購入した長財布から抜き出し、レジ前の札置きに開げて置いた。
「一万円からでお願いします。」
「はい。」
と答えた調理師の顔に一瞬ためらいの表情が見えた。本当に一瞬だったので、見落としていたかもしれなかったが、私は確かに彼女の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。なぜ調理師の顔が曇ったのかすぐに判明した。札置きのちょうど左側に、「お会計にはできるだけ千円札でお願いします」と書かれたポップが掲げられていた。個人経営のため両替までなかなか手が回らないのだろう。自分の視野の狭さと気の利かなさを一瞬呪いつつ、
「千円札ありますが、千円で払ったほうがいいですか?」
と調理師に尋ねた。
「はい。そうしていただけると助かります。」
と調理師は特に困惑した表情も見せずに自然に答えた。私は幸運にも千円札と小銭をいくらか持っていたので、先ほど置いた一万円札を長財布に戻し、代わりに千円札と小銭を札置きに置いた。
「二十円のお釣りですね。ありがとうございました。」
と調理師は言った。改めて調理師の顔を見てみると、やっぱり感じの良い、母性的な女性だった。「ごちそうさまでした。美味しかったです。」と言って、お店を後にした。

 一月にもかかわらず、今日の気温は二十四度と汗ばむ陽気である。空は快晴、心地よい風が吹いている。このお店にはまた来るのだろう。駐車場がもう少し広ければ良いのになと、心の中で店に向かって愚痴を言い、次なる目的地へ向かうために車の駐めてある駐車場へと向かった。

2016年12月4日日曜日

陽気な日 (自作小説) 早朝1

みなさんこんにちは。
師走になり、既に4日目となりました。本当に、今年一年もあっという間に過ぎて行きます。



早朝1

私の仕事場は、日本の食品会社が所有している食品加工工場だ。この工場では、様々な食品を扱っている。その食品の主な出荷先はシティや郊外にある日本食レストランだ。私はこの工場で、倉庫管理と配達業務を担っている。シドニーに来て2ヶ月ほどして、何か仕事をしようと考えありつけたのがこの仕事だったのだ。面接はあっという間に終わり、工場長から「君さえ良ければうちで働いても良いよ、と言ってもらえた」配達業務は考えていた以上に力仕事であり、はじめの一週間は肉体的にも辛かったが、少しづつ力もついてきて1ヶ月も経つと段々と身のこなし方がわかるようになり、自分で考えて行動する事ができるよになった。
そういうわけで、今日も仕事場へ行かなければならないのだが、私が担当するデリバリー部門の業務は6:15分から業務スタートなので、仕事があるときはいつも5:00に起きなければならない。目覚ましは一応かけているのだが、週に5回同じ時間に起きるため、もう体が勝手に5:00に目がさめるようになっていた。
起き上がって寝癖を直し、シリアルをかき込み作業服に着替えて8回からエレベーターで地上へと降りる。
少し歩くと、フォードのセダンが目に入った。私より二週間ほど後に入ってきた同僚の車だ。私より3歳ほど年上のすらっとした男性で、私と同じデリバリー部門のスタッフである。平日の3日間、月曜日から水曜日まで彼と業務時間が被り、家も近所だったため、送迎してくれることになっていた。
会社に入って一週間ほどで、彼は車を購入したのだ。なんという購買力だと私はそのとき関心したものだった。
「おはようございます。お願いします。」
「おはようございまーす。」
彼は私よりも年上なのだが、とても礼儀正しく接してくれる。私は兄がいなかったため、兄がいたらこのような感じなのだろうかと考える。
あたりはまだ薄暗い。車内から外を眺めると、何軒かカフェが開店の準備をしていたり、既に開店していたりする。開店しているカフェの店内には、オレンジ色や黄色や黄緑色の作業服を着た作業員が数名コーヒーを飲んでいる。
日本と比べてオーストラリアにはカフェが多い。私の故郷である沖縄にはそれほどカフェは多くなく、カフェ好きな私にとって、落ち着いて腰を下ろせるカフェが多いところはシドニーで好きなポイントである。
車で15分ほどで、仕事場である工場に着いた。「おはようございますー。」挨拶をして荷物をロッカーへ置き、6:15分になるまでしばらくくつろぎタイムである。コーヒーを飲んだり、お茶を飲んだりしながら会話を交わす。この工場には、私と同じワーキングホリデービザを使ってシドニーへ来ている若者がいて、彼彼女らの話を聞くことはとても刺激的だったし、同じ境遇であるため親近感も覚えた。工場には、日本人が多く、工場内にいるとそこはもう日本と言っても過言ではないほど英語は使わなくなる。日本人の他には韓国人が6名ほど、タイ人が2名ほどいて、彼らは日本語がとても上手い。特に韓国人の日本語の達者な事には感心してしまうほどである。なぜそれほど上手いのか、一度聞いてみた事があるが、彼らがいうには「昔大阪にいた時に日本人と付き合っていた事がある」というのは私と同い年の女の子。「日本のドラマを見て覚えた」というのは私より1つ年上の男性。なるほど、スピーキングはやっぱりその言語の母語話者と付き合う事が上達の近道であると改めて考えさせられた。
このような会話ができるのも、1日の楽しみである。この職場はなかなか活気があって、和気藹々としている。日本人のスタッフは大体が日本からの移住組であり、過去の話を聞くのもとても楽しい。私はどちらかというと、自らの事を話すのは好きでも得意でもなく、人の話を聞くことの方が好きだったため、話好きで過去に色んな体験をして来た人たちが集まっていたこの工場の人たちにはとても親近感が持てた。
たわいのない会話をしていると、時計の針は15分を刺した。
仕事の始まりである。

2016年12月3日土曜日

陽気な日 (自作小説) 夜

みなさんこんにちは。
陽気な日、を一年と一ヶ月ぶりに更新します(笑)。





アーターモン駅のすぐ近くに彼女の働いている仕事場があるので、パン屋さんから道路を挟んだ向こう側にある駅へと足を進ませながら、フェイスブックに備わっているメッセージ機能を使って「今から行くよ」と返信を打った。
駅に着いてから、「着いたよ」とメッセージを送った2分後くらいに彼女は「おまたせ」と、小走りに近づいてくる様子がとても微笑ましい。日々の生活の中のこういう風景が、私を癒し、和やかな気持ちにしてくれる。こういうシーンでは、私を優しい風が包み込んでくれているのを感じる。生活していると、嫌なことや耐え難いことが時々私に向かってきて、容赦なく私に打撃を与えて去っていくけれど、まさに今私は優しい風によって修復されているのである。ありがとう彼女よ。
少しアーターモンの周辺を散歩して、私たちは自らの帰る場所へ向かった。彼女は近くのシェアハウスへ、私はシティのシェアフラットだ。彼女の部屋は一人部屋なので、それが羨ましく思いながら帰りのバス内で過ごした。私が住んでいるシェアフラットというのは、キッチンやお風呂を共同で使用する点はシェアハウスと一緒なのだが、一つの部屋に数名寝床を共にしているという点で異なる。シェアハウスの場合も一部屋に数名住んでいるハウスもあるだろうが、私が契約した部屋はというと、一つの、それも5畳ほどのスペースに、二段ベッドを二つ設置し、3名が部屋を共にしていた。ちなみに今、同じ部屋には香港人二人、そして私の計3名が住んでいる。しかし、実質4人も同然だ。なぜなら、風呂場近くの部屋に台湾人の女の子が住んでおり、その娘と香港人が一緒に寝始めたのだから。それも私の隣でである。はじめはかなり違和感を覚えたが、1週間もしないうちに慣れてしまった。香港人はアレックスというのだが、少し気をきかせてくれたのか、しばらくたつと、彼らは二段ベッドにカーテンのようなものを付け、二人だけの空間を作り上げてしまったのだ。それからというもの、深夜になると、彼らがスキンシップをとる音に私は悩まされることになるのだが、それも1週間すると慣れてしまった。よく考えてみれば、彼らは私に気を使ってなどなかったのかもしれない、きっとそうだ。気を使っていればはじめから私のいる隣でいい年頃の男女二人が共に寝床を共にする訳があるまい。私の常識ではそういう思考が働くのだが、ここは海外、日本の常識など通用しないのである。このようなことが、とても新鮮で、なんだか愉快だった。
仕事の都合上、明日も早く起きなければならない。フラットメイトに「おやすみ」を言い、私は自分のベッドに倒れこんだ。日本に住んでいた時よりも確実に、「生きている」気になりながら、私は就寝した。







2016年3月17日木曜日

思考について

みなさんこんにちは。
今日は、ショーペンハウアーの『読書について』を読み始めてから思ったことを含めて、思考についてというテーマでエッセイを書きました。





この世には、二種類の人間がいると思う。自分の頭で考える人と、そうでない人だ。

自分で考える人は、あれこれと考えを巡らせ、次に何をするべきか指図されずとも自ずと進むべき道を見出す。その道は正しい道かどうか定かではないが、論理的に自分の頭で導き出した道であれば、その道を行くにはそれほど不安を覚えないだろう。

自分で考える人は、信念や自信というような、自分はこの世の中の一員だと信じて疑わない思いを持っているように思う。他者とも対等に話し、礼儀をわきまえ、見ていて清々しい気持ちにさせてくれる。自分の考えに迷いや躊躇いがないため、その力溢れる思考が精神の外、すなわち行動として精神の外に出た時、その行動は輝いて見える。
自分の考えをしっかり持っている人は、周囲に流されにくいと思う。
そう思う根拠は、科学的根拠とは言えないが、私は自分の頭で考えることが得意ではなく、周囲の意見にすぐ流されてしまうからである。

自分を反面教師にして、二種類の人間像について語っているわけである。
自分のことについて、事例を出すとしよう。

たとえば数学の参考書を読んでいるとしよう。テーマはユークリッド幾何学であり、「ある2つの三角形が相似であることを証明しなさい」という問題が出たとき、自分の頭で考える人とそうでない人とでは、両者のとる行動は全く別のものになるであろう。
自分の頭で考えない私の場合、少し図形を眺めて、お手上げだと思った数秒後には巻末の解答例を見てしまう。しかし、論理的思考力があり、自分の頭で考える人は、巻末の解答例など意に介さず、自分で答えを導き出すに違いない。たとえ導き出した証明方法が解答例のそれとは異なっても、自ら出した証明方に誇りを持つであろう。

このことは、ショーペンハウアーが『読書について』で書いていることに少し似ていると思う。彼は、本を読むことは、自分で考えることをせず、他人に(この場合は本の著者)思考を任せていることに他ならないと述べている。巻末の解答例、それは他者が考案した解答であり、自ら考え抜いた代物ではない。

自分の頭で考えることについて考えてみると、現代社会には、自分で思考しなくても生きていける要素が多分あるように思う。テレビやラジオ、スマートフォンの普及によって、誰でもインターネットに24時間アクセスすることができる時代になっている。これらを私たちはメディアと呼んでいるが、メディアからは他者による思考が溢れかえっている。
メディアという概念がなかった時代を想像してみた。テレビがなかった時代、人々は仕事を終えて何をしていたのだろう。仲間たちと語らっていたのか?夜空にきらめく星々を眺め、あの星々は地球の周りを回っているのか、違うのかなど議論したりしていたのか?そうだ、現代社会に生きる私たちよりはずっと、何かを自分の頭で考える時間があったに違いない。

私は本日より、できるだけ自分の頭で考える時間を多く持ちたいと考えている。自分の人生、自分の頭で考えて決断を下し、決めて行動したことについてきちんと責任を取れるような人でありたいし、自信のある行動をしたい。

2016年3月13日日曜日

私の仕事観

みなさんこんにちは。
オーストラリアから帰ってきて、家でごろごろしている休暇に飽きてきたので、仕事するってなんだろう、というテーマでエッセイを書いてみました。






私は何かと地に足が着いていないように思われる。
それは、自他共に認めているようである。
働くこととは一体どういうことなのかということについて、この機会に考えてみようと思う。
ひとは生きていくために栄養のあるものを食べなければならない。
衣食住、それは人間が生きていくために必要なものである。
衣食住を整えるためには、お金が要る。
お金を稼ぐためには、労働の対価としてお金を得る必要がある。
または、お金を得る手段として、自分で価値のあるものを生み出し、その対価としてお金を得る方法もあるだろう。
思うに、自分で何かを始める場合、初期投資が必要だったり、厳密に練った計画案が必要だったりするかもしれない。
そういうことが私には億劫に思うし、もともと貯金が少ない私にはできないというか、してみたいけど今はできないと言った方が適切のように思う。

よく、「好きなことを仕事にしなさい」とか、「人生好きなことをして生きていけると幸せだ」と私の周りの年長者たちが口にするのを聞く。
また一方で、「好きなことは趣味でよいから、福利厚生や給料のよい正社員、公務員などになりなさい」という大人も多い。
不景気と言われて久しいこの御時世なので、そういう大人たちの言い分も理解できる。
私にとってどちらが良いのか考えてみても、好きなことを仕事にするには結構なお金が必要そうなので、好きでもないことをしてお金を稼ぐ方が、生活していくには手っ取り早い気がして、結果的にまずはなんでも良いから働いてみよう、という気持ちになってくるのである。
とりあえず働いて、余暇で好きなことをして、その好きなことで少しづつお金を得ることができたら良いな、みたいな気持ちが私の中にはある。
私の好きなこと、とは、音楽であり、読書であり、たまにこうやって文章を書いたりもするのだが、文章に至っては、一つの小説を完成させたこともない程度である。
プログラミングにも興味があるので、後々はDTM(
Desktop Music)の腕を磨いて作曲して、自分でホームページを作って音源を売り出してみようかな、なんて妄想したりもする。

仕事はなんだかんだ言って、面白いものだと思う。仕事を通して人との良い出会いもあれば、嫌いで苦手な人と出会うこともあるだろう。仕事で出会った嫌いで苦手な人は、もし違う場所で会っていたら、仲良くなっていることだってある気がする。
責任あるポジションに任命されてしまった暁には、メンツやプライド、プレッシャーというストレスフルなことが体に悪影響を及ぼす時もあるだろう。
あるプロジェクトのリーダーになったり、大きな取引を任されたり。
そんな役職に就いている人たちを、私は尊敬するし、いつか挑戦してみたいとも思っている。

今の若者に、「将来は社長になりたいか」と質問すると、「そんなになりたいとは思わない」と回答する人が多いということを友人が言っていた。
どうしてだろう。日本が不景気だからか?いや、この質問は日本の社長だけに限定されているのか?社長は大変そうなイメージなのか?根拠のある答えは出てきそうにない。

2015年10月31日土曜日

陽気な日 (自作小説) 昼2


みなさんこんにちは。
今日は土曜日で仕事がお休みなので、前回の続きを書いていこうと思います。



昼2


この出店では、ドライフルーツを売るらしく、ディスプレイには多くのドライフルーツが所狭しと並べてある。せっせと準備をする若いお兄さんを見て、「頑張ってるなあ」と思った。

小一時間近くのショッピングセンターで時間を潰した。大きなショッピングモールで、衣食住に必要なものなら全てそろえることができそうなショッピングセンターである。世の中物質的には豊かになったと思うが、消費をとおして感じることのできる幸福感には限りがあるという。
経済指標、株価、成長率を土台にした資本社会で何を幸せの基準にするのか問われたとき、消費という答えが返ってくるのはある意味、必然的なものなのかもしれない。

大型テレビ、高級セダン、高級セダンといえば、ショッピングモールの広場で高級車が2台並んで展示されていた。一体どこから店内に入れたのだろうと訝しく思い、あれほど高級ではなくとも、一度はスポーツカー、今だったらモデルチェンジしたTOYOTA86に乗ってみたいなあとも思った。展示されている高級車の脇をとおり、さきほどの出店がある通りへ戻ってみると、各店舗準備が終わったらしく、ざっと数えて10店舗ほどの出店が軒を連ねていた。

目についたのはスペインのパエリア料理、サトウキビから絞った搾りたて果汁100パーセントジュース、揚げたてチュロス屋さんや中華料理のテイクアウェイができるお店などで、国際色豊かである。

彼女と合流したら、何か買って一緒に食べようかな、と勝手に予定を立て、そろそろ彼女の仕事場の最寄り駅まで行くことにした。
チャッツウッドから一つ離れたアーターモン駅に着き、メッセンジャーで駅に着いたことを告げるメッセージを書いた。彼女に会うためには、シティからチャッツウッドか、今いるアーターモン駅まで来なければならない。彼女が私の住んでいるシティまで来てくれることもある。同棲していないため、時間をかけてお互いのいる場所まで足を運ぶ必要があった。同棲するかと尋ねたこともあったが、今のオウンルームが快適だということで、今以上の条件がそろわなければ引っ越したくないと言われていた。そんな我儘は、一緒に住むことができれば多少快適さが劣るとしても、妥協できるのではないかと心の中で思ったが、先日彼女の住むオウンルームを訪ねて実際過ごしてみると、彼女の言い分が少しわかったような気がした。

シドニーの不動産事情はというと、一年で不動産価格が10パーセントずつ上昇しているらしい。家を買うことができるのは、よほどのお金持ちということだ。賃貸契約においても、家賃は高く、私が住んでいるシティ内のシェアルームでも、1週間$130、つまり一か月4週間で考えると、$520もかかるのである。郊外では少し安くなり、自分の部屋を持つことができるオウンルームの契約でも、彼女の場合は1週間$165という破格の値段で賃貸していた。それに加えて、閑静な住宅街に位置しているため、周りは静かで治安も良い場所であり、条件も良かった。。
インターネットでカップル可能な物件を数週間探してみたものの、なかなか良い条件の物件がみつからず、半ばあきらめかけている。

アーターモン駅はまさに郊外、というような感じの駅だと思う。駅を出てすぐのところに、パン屋さんがあり、そこの店員の愛想がよく、気に入っている。メッセージの返信があるまで、このパン屋さんでブルーベリースコーンを買って食べながら待っていようと思い、店内へ入った。「なににしますか?」的なことをまさにネイティブのオーストラリアンに聞かれる。オーストラリアンのことをオージーというらしい。その事実を知ったのは、ここ最近のことである。このパン屋さんの店員は、おそらく、高校生くらいの地元の女の子、といった感じである。

にこやかな少女の対応に、おのずと私も顔の緊張がとれ、にこやかになる。「ブルーベリースコーンをお願いします。」と答え、望みの商品を注文した。5、6歳は年下だと思われる少女のほうが私よりもきっと人付き合いが上手だろうなと、思う。自然な笑顔、友好的な態度、どれも私の苦手とするものである。見知らぬ人、親しくしている人の前でさえ、なかなか自分の感情を素直に表現することが不得意なところが私にはある。なので、パン屋の少女のように無垢な笑顔を向けられると、安心感というかハニカミが生まれ、心地よくなるのだ。この心地よさが、このパン屋を好きになった理由なのかもしれない。


スコーンを買い店を出て、食べようと包みから出そうとしていると、彼女からの返信が届いた。「暇すぎて、もう帰れることになった」との内容である。そうか、そんなに暇なのか、と半ば感心し、スコーンがお預けになった口惜しさと、一日の残りを彼女と一緒に過ごすことができる嬉しさを感じ、彼女の待つ場所へと急いだ。