2017年5月21日日曜日

蜜蜂と遠雷 恩田 陸

みなさんこんにちは。

 本日は、最近よく本屋さんで目にする恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』を読み終えましたので、感動冷めやまないうちに少し感想を書いておこうと思います。
 多少ネタバレも含むかもしれませんのでご了承ください。




音楽とは何か

 『蜜蜂と遠雷』を読み進めていくと、私たち人間にとって音楽ってなんなんだろうと考える瞬間が度々あった。音楽界において天才と呼ばれる人たち、例えば絶対音感を持っていて、曲を数回、極端な話、一度聞いただけで再現できてしまうような、才能に恵まれた人たちがいる一方、趣味で音楽をしていて、自分の理想にできるだけ近づきたいと練習に練習を重ねているアマチュア音楽家もいるだろう。
 『蜜蜂と遠雷』の掲げるテーマってなんだろうと考えてみた。一度さらっと読んでみた感想は、

 「音楽は人生に容赦ないけれど、それでも素晴らしいものである」

という事が念頭にあるのではないか、と感じた。物語はコンクールに勝ち上がっていく形で進んでいく。もし読者が、何かしらの楽器をしていれば、物語への感情移入は容易なものとなるだろう。オーケストラに乗った経験がある人や、コンクール出場経験者ならさらに物語に没頭できるかもしれない。

 物語に共感した部分は、プロアマを問わず、趣味の範囲で楽器を演奏する人も含めて、楽器演奏者は音楽という抽象的なものに、限りある人生の一部分を(ややもすれば、ほとんどすべてを)捧げているという事実だ。私もそうだが、日々の生活の中で音楽に費やした時間をすべて合計し、代わりに他の何かに費やしていたら今頃、違った人生になっていたのではないかと思えるくらいに、音楽に時間を使っていたりする。

 『蜜蜂と遠雷』を読んでいると、そんなことを考えてしまう。もしかしたら音楽は、人の人生を狂わせてしまう危うさを持っている。『蜜蜂と遠雷』の中で軸となる音楽のジャンルはクラシックであり、西洋発祥のそのジャンルは、グレゴリオ聖歌からバロック音楽、近代、現代を経て今なお語り継がれている。軸となるべきジャンルであることは間違いないと思う。ある意味神聖な、どれだけ努力しても完璧に再現する事はできないのではないかと思わせるようなジャンルだと私は思う。これだけ語り継がれてきて、おそらくこれからも語り継がれるであろうジャンルでもあると思う。


音楽は人生を豊かにする

 音楽を知っているのと知らないのとでは、知っている程度の差はあれ、人生を豊かにすると思う。音楽に割く時間を何かの資格勉強に当てたり、もっと実用的な事に当てることもできるけれど、『蜜蜂と遠雷』のいうところでは「クラシック」を知っていると、人生は少し、豊かになると思う。ステージに乗るあの高揚感、緊張感、恐れ、不安、喜び、情熱。あらゆる感情がステージには詰まっている。観客席も同じだ。あの感情は、経験したことのあるものだけが共感できると思っていたけれど、もしかすると『蜜蜂と遠雷』を読んでいる読者にも、本を通して共感する事ができているかもしれない。それくらい、読んでいて奏者の思い、客席の鼓動が伝わってきた。主な登場人物たちへの感情移入は容易で、3回も涙してしまった。

 恩田先生は音楽にもともと精通されていたのだろうか。こんな疑問がふと頭をよぎった。作曲者達への知識、曲への知識、ちょっと勉強しただけではなかなか身につかないレベルの見識があるように思えた。


一気に読める

 コンクールを勝ち上がっていく構成で、一次からはじまり本戦で終わる。シンプルな物語。そのためか一気読みが可能だ。ちゃんと順位もはっきり決まる。良い意味で期待を裏切らないエピローグだった。共感するポイントは、個人によってわかれると思う。私が一番涙腺緩んだのは、最年長の明石が演奏する場面。そしてかつて天才と呼ばれた少女が演奏する場面。挫折からの立ち上がり、闇のある彼らだからこそ、神童達とは違った意味で応援したくなったし、覚醒した時の高揚感、そして喜びはかなり大きかった。

 音楽は世界にあふれている。私たちは得ていてばかり。そろそろ恩返しをしないとね。という趣旨の台詞にも心を打たれた。
 

再読したい一冊

 毎度読み終えて思うのだが、再読したい一冊です。でも結局再読しないまま時は流れてしまうのですが…。
 今回ハードカバーを知人から借りて読んでいたので、文庫化したら購入して、もう一度読んでみようかな。とか言ってどうせ読まずにすますんだろうな。









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