みなさんこんにちは。
今日は、ショーペンハウアーの『読書について』を読み始めてから思ったことを含めて、思考についてというテーマでエッセイを書きました。
この世には、二種類の人間がいると思う。自分の頭で考える人と、そうでない人だ。
自分で考える人は、あれこれと考えを巡らせ、次に何をするべきか指図されずとも自ずと進むべき道を見出す。その道は正しい道かどうか定かではないが、論理的に自分の頭で導き出した道であれば、その道を行くにはそれほど不安を覚えないだろう。
自分で考える人は、信念や自信というような、自分はこの世の中の一員だと信じて疑わない思いを持っているように思う。他者とも対等に話し、礼儀をわきまえ、見ていて清々しい気持ちにさせてくれる。自分の考えに迷いや躊躇いがないため、その力溢れる思考が精神の外、すなわち行動として精神の外に出た時、その行動は輝いて見える。
自分の考えをしっかり持っている人は、周囲に流されにくいと思う。
そう思う根拠は、科学的根拠とは言えないが、私は自分の頭で考えることが得意ではなく、周囲の意見にすぐ流されてしまうからである。
自分を反面教師にして、二種類の人間像について語っているわけである。
自分のことについて、事例を出すとしよう。
たとえば数学の参考書を読んでいるとしよう。テーマはユークリッド幾何学であり、「ある2つの三角形が相似であることを証明しなさい」という問題が出たとき、自分の頭で考える人とそうでない人とでは、両者のとる行動は全く別のものになるであろう。
自分の頭で考えない私の場合、少し図形を眺めて、お手上げだと思った数秒後には巻末の解答例を見てしまう。しかし、論理的思考力があり、自分の頭で考える人は、巻末の解答例など意に介さず、自分で答えを導き出すに違いない。たとえ導き出した証明方法が解答例のそれとは異なっても、自ら出した証明方に誇りを持つであろう。
このことは、ショーペンハウアーが『読書について』で書いていることに少し似ていると思う。彼は、本を読むことは、自分で考えることをせず、他人に(この場合は本の著者)思考を任せていることに他ならないと述べている。巻末の解答例、それは他者が考案した解答であり、自ら考え抜いた代物ではない。
自分の頭で考えることについて考えてみると、現代社会には、自分で思考しなくても生きていける要素が多分あるように思う。テレビやラジオ、スマートフォンの普及によって、誰でもインターネットに24時間アクセスすることができる時代になっている。これらを私たちはメディアと呼んでいるが、メディアからは他者による思考が溢れかえっている。
メディアという概念がなかった時代を想像してみた。テレビがなかった時代、人々は仕事を終えて何をしていたのだろう。仲間たちと語らっていたのか?夜空にきらめく星々を眺め、あの星々は地球の周りを回っているのか、違うのかなど議論したりしていたのか?そうだ、現代社会に生きる私たちよりはずっと、何かを自分の頭で考える時間があったに違いない。
私は本日より、できるだけ自分の頭で考える時間を多く持ちたいと考えている。自分の人生、自分の頭で考えて決断を下し、決めて行動したことについてきちんと責任を取れるような人でありたいし、自信のある行動をしたい。
2016年3月17日木曜日
2016年3月13日日曜日
私の仕事観
みなさんこんにちは。
オーストラリアから帰ってきて、家でごろごろしている休暇に飽きてきたので、仕事するってなんだろう、というテーマでエッセイを書いてみました。
私は何かと地に足が着いていないように思われる。
それは、自他共に認めているようである。
働くこととは一体どういうことなのかということについて、この機会に考えてみようと思う。
ひとは生きていくために栄養のあるものを食べなければならない。
衣食住、それは人間が生きていくために必要なものである。
衣食住を整えるためには、お金が要る。
お金を稼ぐためには、労働の対価としてお金を得る必要がある。
または、お金を得る手段として、自分で価値のあるものを生み出し、その対価としてお金を得る方法もあるだろう。
思うに、自分で何かを始める場合、初期投資が必要だったり、厳密に練った計画案が必要だったりするかもしれない。
そういうことが私には億劫に思うし、もともと貯金が少ない私にはできないというか、してみたいけど今はできないと言った方が適切のように思う。
よく、「好きなことを仕事にしなさい」とか、「人生好きなことをして生きていけると幸せだ」と私の周りの年長者たちが口にするのを聞く。
また一方で、「好きなことは趣味でよいから、福利厚生や給料のよい正社員、公務員などになりなさい」という大人も多い。
不景気と言われて久しいこの御時世なので、そういう大人たちの言い分も理解できる。
私にとってどちらが良いのか考えてみても、好きなことを仕事にするには結構なお金が必要そうなので、好きでもないことをしてお金を稼ぐ方が、生活していくには手っ取り早い気がして、結果的にまずはなんでも良いから働いてみよう、という気持ちになってくるのである。
とりあえず働いて、余暇で好きなことをして、その好きなことで少しづつお金を得ることができたら良いな、みたいな気持ちが私の中にはある。
私の好きなこと、とは、音楽であり、読書であり、たまにこうやって文章を書いたりもするのだが、文章に至っては、一つの小説を完成させたこともない程度である。
プログラミングにも興味があるので、後々はDTM(
Desktop Music)の腕を磨いて作曲して、自分でホームページを作って音源を売り出してみようかな、なんて妄想したりもする。
仕事はなんだかんだ言って、面白いものだと思う。仕事を通して人との良い出会いもあれば、嫌いで苦手な人と出会うこともあるだろう。仕事で出会った嫌いで苦手な人は、もし違う場所で会っていたら、仲良くなっていることだってある気がする。
責任あるポジションに任命されてしまった暁には、メンツやプライド、プレッシャーというストレスフルなことが体に悪影響を及ぼす時もあるだろう。
あるプロジェクトのリーダーになったり、大きな取引を任されたり。
そんな役職に就いている人たちを、私は尊敬するし、いつか挑戦してみたいとも思っている。
今の若者に、「将来は社長になりたいか」と質問すると、「そんなになりたいとは思わない」と回答する人が多いということを友人が言っていた。
どうしてだろう。日本が不景気だからか?いや、この質問は日本の社長だけに限定されているのか?社長は大変そうなイメージなのか?根拠のある答えは出てきそうにない。
オーストラリアから帰ってきて、家でごろごろしている休暇に飽きてきたので、仕事するってなんだろう、というテーマでエッセイを書いてみました。
私は何かと地に足が着いていないように思われる。
それは、自他共に認めているようである。
働くこととは一体どういうことなのかということについて、この機会に考えてみようと思う。
ひとは生きていくために栄養のあるものを食べなければならない。
衣食住、それは人間が生きていくために必要なものである。
衣食住を整えるためには、お金が要る。
お金を稼ぐためには、労働の対価としてお金を得る必要がある。
または、お金を得る手段として、自分で価値のあるものを生み出し、その対価としてお金を得る方法もあるだろう。
思うに、自分で何かを始める場合、初期投資が必要だったり、厳密に練った計画案が必要だったりするかもしれない。
そういうことが私には億劫に思うし、もともと貯金が少ない私にはできないというか、してみたいけど今はできないと言った方が適切のように思う。
よく、「好きなことを仕事にしなさい」とか、「人生好きなことをして生きていけると幸せだ」と私の周りの年長者たちが口にするのを聞く。
また一方で、「好きなことは趣味でよいから、福利厚生や給料のよい正社員、公務員などになりなさい」という大人も多い。
不景気と言われて久しいこの御時世なので、そういう大人たちの言い分も理解できる。
私にとってどちらが良いのか考えてみても、好きなことを仕事にするには結構なお金が必要そうなので、好きでもないことをしてお金を稼ぐ方が、生活していくには手っ取り早い気がして、結果的にまずはなんでも良いから働いてみよう、という気持ちになってくるのである。
とりあえず働いて、余暇で好きなことをして、その好きなことで少しづつお金を得ることができたら良いな、みたいな気持ちが私の中にはある。
私の好きなこと、とは、音楽であり、読書であり、たまにこうやって文章を書いたりもするのだが、文章に至っては、一つの小説を完成させたこともない程度である。
プログラミングにも興味があるので、後々はDTM(
Desktop Music)の腕を磨いて作曲して、自分でホームページを作って音源を売り出してみようかな、なんて妄想したりもする。
仕事はなんだかんだ言って、面白いものだと思う。仕事を通して人との良い出会いもあれば、嫌いで苦手な人と出会うこともあるだろう。仕事で出会った嫌いで苦手な人は、もし違う場所で会っていたら、仲良くなっていることだってある気がする。
責任あるポジションに任命されてしまった暁には、メンツやプライド、プレッシャーというストレスフルなことが体に悪影響を及ぼす時もあるだろう。
あるプロジェクトのリーダーになったり、大きな取引を任されたり。
そんな役職に就いている人たちを、私は尊敬するし、いつか挑戦してみたいとも思っている。
今の若者に、「将来は社長になりたいか」と質問すると、「そんなになりたいとは思わない」と回答する人が多いということを友人が言っていた。
どうしてだろう。日本が不景気だからか?いや、この質問は日本の社長だけに限定されているのか?社長は大変そうなイメージなのか?根拠のある答えは出てきそうにない。
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