2016年12月4日日曜日

陽気な日 (自作小説) 早朝1

みなさんこんにちは。
師走になり、既に4日目となりました。本当に、今年一年もあっという間に過ぎて行きます。



早朝1

私の仕事場は、日本の食品会社が所有している食品加工工場だ。この工場では、様々な食品を扱っている。その食品の主な出荷先はシティや郊外にある日本食レストランだ。私はこの工場で、倉庫管理と配達業務を担っている。シドニーに来て2ヶ月ほどして、何か仕事をしようと考えありつけたのがこの仕事だったのだ。面接はあっという間に終わり、工場長から「君さえ良ければうちで働いても良いよ、と言ってもらえた」配達業務は考えていた以上に力仕事であり、はじめの一週間は肉体的にも辛かったが、少しづつ力もついてきて1ヶ月も経つと段々と身のこなし方がわかるようになり、自分で考えて行動する事ができるよになった。
そういうわけで、今日も仕事場へ行かなければならないのだが、私が担当するデリバリー部門の業務は6:15分から業務スタートなので、仕事があるときはいつも5:00に起きなければならない。目覚ましは一応かけているのだが、週に5回同じ時間に起きるため、もう体が勝手に5:00に目がさめるようになっていた。
起き上がって寝癖を直し、シリアルをかき込み作業服に着替えて8回からエレベーターで地上へと降りる。
少し歩くと、フォードのセダンが目に入った。私より二週間ほど後に入ってきた同僚の車だ。私より3歳ほど年上のすらっとした男性で、私と同じデリバリー部門のスタッフである。平日の3日間、月曜日から水曜日まで彼と業務時間が被り、家も近所だったため、送迎してくれることになっていた。
会社に入って一週間ほどで、彼は車を購入したのだ。なんという購買力だと私はそのとき関心したものだった。
「おはようございます。お願いします。」
「おはようございまーす。」
彼は私よりも年上なのだが、とても礼儀正しく接してくれる。私は兄がいなかったため、兄がいたらこのような感じなのだろうかと考える。
あたりはまだ薄暗い。車内から外を眺めると、何軒かカフェが開店の準備をしていたり、既に開店していたりする。開店しているカフェの店内には、オレンジ色や黄色や黄緑色の作業服を着た作業員が数名コーヒーを飲んでいる。
日本と比べてオーストラリアにはカフェが多い。私の故郷である沖縄にはそれほどカフェは多くなく、カフェ好きな私にとって、落ち着いて腰を下ろせるカフェが多いところはシドニーで好きなポイントである。
車で15分ほどで、仕事場である工場に着いた。「おはようございますー。」挨拶をして荷物をロッカーへ置き、6:15分になるまでしばらくくつろぎタイムである。コーヒーを飲んだり、お茶を飲んだりしながら会話を交わす。この工場には、私と同じワーキングホリデービザを使ってシドニーへ来ている若者がいて、彼彼女らの話を聞くことはとても刺激的だったし、同じ境遇であるため親近感も覚えた。工場には、日本人が多く、工場内にいるとそこはもう日本と言っても過言ではないほど英語は使わなくなる。日本人の他には韓国人が6名ほど、タイ人が2名ほどいて、彼らは日本語がとても上手い。特に韓国人の日本語の達者な事には感心してしまうほどである。なぜそれほど上手いのか、一度聞いてみた事があるが、彼らがいうには「昔大阪にいた時に日本人と付き合っていた事がある」というのは私と同い年の女の子。「日本のドラマを見て覚えた」というのは私より1つ年上の男性。なるほど、スピーキングはやっぱりその言語の母語話者と付き合う事が上達の近道であると改めて考えさせられた。
このような会話ができるのも、1日の楽しみである。この職場はなかなか活気があって、和気藹々としている。日本人のスタッフは大体が日本からの移住組であり、過去の話を聞くのもとても楽しい。私はどちらかというと、自らの事を話すのは好きでも得意でもなく、人の話を聞くことの方が好きだったため、話好きで過去に色んな体験をして来た人たちが集まっていたこの工場の人たちにはとても親近感が持てた。
たわいのない会話をしていると、時計の針は15分を刺した。
仕事の始まりである。

2016年12月3日土曜日

陽気な日 (自作小説) 夜

みなさんこんにちは。
陽気な日、を一年と一ヶ月ぶりに更新します(笑)。





アーターモン駅のすぐ近くに彼女の働いている仕事場があるので、パン屋さんから道路を挟んだ向こう側にある駅へと足を進ませながら、フェイスブックに備わっているメッセージ機能を使って「今から行くよ」と返信を打った。
駅に着いてから、「着いたよ」とメッセージを送った2分後くらいに彼女は「おまたせ」と、小走りに近づいてくる様子がとても微笑ましい。日々の生活の中のこういう風景が、私を癒し、和やかな気持ちにしてくれる。こういうシーンでは、私を優しい風が包み込んでくれているのを感じる。生活していると、嫌なことや耐え難いことが時々私に向かってきて、容赦なく私に打撃を与えて去っていくけれど、まさに今私は優しい風によって修復されているのである。ありがとう彼女よ。
少しアーターモンの周辺を散歩して、私たちは自らの帰る場所へ向かった。彼女は近くのシェアハウスへ、私はシティのシェアフラットだ。彼女の部屋は一人部屋なので、それが羨ましく思いながら帰りのバス内で過ごした。私が住んでいるシェアフラットというのは、キッチンやお風呂を共同で使用する点はシェアハウスと一緒なのだが、一つの部屋に数名寝床を共にしているという点で異なる。シェアハウスの場合も一部屋に数名住んでいるハウスもあるだろうが、私が契約した部屋はというと、一つの、それも5畳ほどのスペースに、二段ベッドを二つ設置し、3名が部屋を共にしていた。ちなみに今、同じ部屋には香港人二人、そして私の計3名が住んでいる。しかし、実質4人も同然だ。なぜなら、風呂場近くの部屋に台湾人の女の子が住んでおり、その娘と香港人が一緒に寝始めたのだから。それも私の隣でである。はじめはかなり違和感を覚えたが、1週間もしないうちに慣れてしまった。香港人はアレックスというのだが、少し気をきかせてくれたのか、しばらくたつと、彼らは二段ベッドにカーテンのようなものを付け、二人だけの空間を作り上げてしまったのだ。それからというもの、深夜になると、彼らがスキンシップをとる音に私は悩まされることになるのだが、それも1週間すると慣れてしまった。よく考えてみれば、彼らは私に気を使ってなどなかったのかもしれない、きっとそうだ。気を使っていればはじめから私のいる隣でいい年頃の男女二人が共に寝床を共にする訳があるまい。私の常識ではそういう思考が働くのだが、ここは海外、日本の常識など通用しないのである。このようなことが、とても新鮮で、なんだか愉快だった。
仕事の都合上、明日も早く起きなければならない。フラットメイトに「おやすみ」を言い、私は自分のベッドに倒れこんだ。日本に住んでいた時よりも確実に、「生きている」気になりながら、私は就寝した。







2016年3月17日木曜日

思考について

みなさんこんにちは。
今日は、ショーペンハウアーの『読書について』を読み始めてから思ったことを含めて、思考についてというテーマでエッセイを書きました。





この世には、二種類の人間がいると思う。自分の頭で考える人と、そうでない人だ。

自分で考える人は、あれこれと考えを巡らせ、次に何をするべきか指図されずとも自ずと進むべき道を見出す。その道は正しい道かどうか定かではないが、論理的に自分の頭で導き出した道であれば、その道を行くにはそれほど不安を覚えないだろう。

自分で考える人は、信念や自信というような、自分はこの世の中の一員だと信じて疑わない思いを持っているように思う。他者とも対等に話し、礼儀をわきまえ、見ていて清々しい気持ちにさせてくれる。自分の考えに迷いや躊躇いがないため、その力溢れる思考が精神の外、すなわち行動として精神の外に出た時、その行動は輝いて見える。
自分の考えをしっかり持っている人は、周囲に流されにくいと思う。
そう思う根拠は、科学的根拠とは言えないが、私は自分の頭で考えることが得意ではなく、周囲の意見にすぐ流されてしまうからである。

自分を反面教師にして、二種類の人間像について語っているわけである。
自分のことについて、事例を出すとしよう。

たとえば数学の参考書を読んでいるとしよう。テーマはユークリッド幾何学であり、「ある2つの三角形が相似であることを証明しなさい」という問題が出たとき、自分の頭で考える人とそうでない人とでは、両者のとる行動は全く別のものになるであろう。
自分の頭で考えない私の場合、少し図形を眺めて、お手上げだと思った数秒後には巻末の解答例を見てしまう。しかし、論理的思考力があり、自分の頭で考える人は、巻末の解答例など意に介さず、自分で答えを導き出すに違いない。たとえ導き出した証明方法が解答例のそれとは異なっても、自ら出した証明方に誇りを持つであろう。

このことは、ショーペンハウアーが『読書について』で書いていることに少し似ていると思う。彼は、本を読むことは、自分で考えることをせず、他人に(この場合は本の著者)思考を任せていることに他ならないと述べている。巻末の解答例、それは他者が考案した解答であり、自ら考え抜いた代物ではない。

自分の頭で考えることについて考えてみると、現代社会には、自分で思考しなくても生きていける要素が多分あるように思う。テレビやラジオ、スマートフォンの普及によって、誰でもインターネットに24時間アクセスすることができる時代になっている。これらを私たちはメディアと呼んでいるが、メディアからは他者による思考が溢れかえっている。
メディアという概念がなかった時代を想像してみた。テレビがなかった時代、人々は仕事を終えて何をしていたのだろう。仲間たちと語らっていたのか?夜空にきらめく星々を眺め、あの星々は地球の周りを回っているのか、違うのかなど議論したりしていたのか?そうだ、現代社会に生きる私たちよりはずっと、何かを自分の頭で考える時間があったに違いない。

私は本日より、できるだけ自分の頭で考える時間を多く持ちたいと考えている。自分の人生、自分の頭で考えて決断を下し、決めて行動したことについてきちんと責任を取れるような人でありたいし、自信のある行動をしたい。

2016年3月13日日曜日

私の仕事観

みなさんこんにちは。
オーストラリアから帰ってきて、家でごろごろしている休暇に飽きてきたので、仕事するってなんだろう、というテーマでエッセイを書いてみました。






私は何かと地に足が着いていないように思われる。
それは、自他共に認めているようである。
働くこととは一体どういうことなのかということについて、この機会に考えてみようと思う。
ひとは生きていくために栄養のあるものを食べなければならない。
衣食住、それは人間が生きていくために必要なものである。
衣食住を整えるためには、お金が要る。
お金を稼ぐためには、労働の対価としてお金を得る必要がある。
または、お金を得る手段として、自分で価値のあるものを生み出し、その対価としてお金を得る方法もあるだろう。
思うに、自分で何かを始める場合、初期投資が必要だったり、厳密に練った計画案が必要だったりするかもしれない。
そういうことが私には億劫に思うし、もともと貯金が少ない私にはできないというか、してみたいけど今はできないと言った方が適切のように思う。

よく、「好きなことを仕事にしなさい」とか、「人生好きなことをして生きていけると幸せだ」と私の周りの年長者たちが口にするのを聞く。
また一方で、「好きなことは趣味でよいから、福利厚生や給料のよい正社員、公務員などになりなさい」という大人も多い。
不景気と言われて久しいこの御時世なので、そういう大人たちの言い分も理解できる。
私にとってどちらが良いのか考えてみても、好きなことを仕事にするには結構なお金が必要そうなので、好きでもないことをしてお金を稼ぐ方が、生活していくには手っ取り早い気がして、結果的にまずはなんでも良いから働いてみよう、という気持ちになってくるのである。
とりあえず働いて、余暇で好きなことをして、その好きなことで少しづつお金を得ることができたら良いな、みたいな気持ちが私の中にはある。
私の好きなこと、とは、音楽であり、読書であり、たまにこうやって文章を書いたりもするのだが、文章に至っては、一つの小説を完成させたこともない程度である。
プログラミングにも興味があるので、後々はDTM(
Desktop Music)の腕を磨いて作曲して、自分でホームページを作って音源を売り出してみようかな、なんて妄想したりもする。

仕事はなんだかんだ言って、面白いものだと思う。仕事を通して人との良い出会いもあれば、嫌いで苦手な人と出会うこともあるだろう。仕事で出会った嫌いで苦手な人は、もし違う場所で会っていたら、仲良くなっていることだってある気がする。
責任あるポジションに任命されてしまった暁には、メンツやプライド、プレッシャーというストレスフルなことが体に悪影響を及ぼす時もあるだろう。
あるプロジェクトのリーダーになったり、大きな取引を任されたり。
そんな役職に就いている人たちを、私は尊敬するし、いつか挑戦してみたいとも思っている。

今の若者に、「将来は社長になりたいか」と質問すると、「そんなになりたいとは思わない」と回答する人が多いということを友人が言っていた。
どうしてだろう。日本が不景気だからか?いや、この質問は日本の社長だけに限定されているのか?社長は大変そうなイメージなのか?根拠のある答えは出てきそうにない。