皆さまこんにちは。
今年も早くも2月になり、節分は昨日でした。
私の住んでいる沖縄にはもともと、私が幼少期だった頃には、恵方巻を食べる風習は無かったのですが、ここ5〜6年ほど前からでしょうか、昨日は恵方巻がスーパーやコンビニで沢山売られているのを見るようになりました。
本日は短編の物語を書いたので、この場に載せようと思います。
キッチン
店内は、小鳥のささやきが聞こえる。一見キャパシティはそれほど多くはないような内装だ。ディナーもしているらしい。ワインのボルトがカウンターに並んでおりお洒落な雰囲気を作り出している。午後2時というピーク時はとっくに過ぎているからなのか、通常これくらいの客足なのか、店内には女性客が一人腰を下ろしていた。店の調理師と女性客との会話を聞いていると、常連さんのようだ。そしてまた、調理師の方はというと地元の出身ではなく他県からの移住者であるようだ。他県、私はなぜか他県に憧れを抱いている。なかなか地元が好きになれない性質なのだ。それが何に起因しているのか、幼い頃のトラウマか、もしくはただ沖縄という小さな島に飽きてしまっているせいなのか。結局のところ、地元の環境、空気だったり自然環境だったりが自分自身の身体や精神によくマッチしていることは感じているにもかかわらず、他県に嫉妬しているのだった。沖縄にはモノレールこそあれど、電車がなく、県外へ旅行するとなると飛行機か船を使用しなくてはならない。それがどうも、煩わしくて「県外に住んでいたらな」という思考回路に陥ってしまうのだった。
そんなことを考えていると、調理師がメニューを持ってきてくれたので、私は肉料理のランチを注文することにした。調理師は女性で、少しふくよかで色白で、そのためか母性的で感じの良い印象だった。「肉料理のランチで。」私が注文すると、調理師はニコッと自然な笑みを表情に浮かべ、メニューを下げ調理場へ向かった。
日曜にもかかわらず、調理師一人しか見当たらないので、ピーク時も一人で来客をさばくとなると大変だろうなと思った。私は先客の女性に背中を向ける形で、一番奥の二人掛けのテーブルに座って、注文した料理の配膳を待つことにした。5分ほどして前菜が運ばれてきた。私はてっきり小さな器にサラダがのった形で運ばれてくると思っていたのだが、考えていたよりも量が多く、色の違うオリーブ二つがお洒落に串刺しされたものや、白身魚とレタスのムニエル、トマトなどの生野菜が盛られたプレートが配膳された。前菜の彩に感心しつつも、空腹だったためあっという間に前菜を食べ終えてしまった。食事はよく噛んで30分以上かけて食べる方が健康に良いと何かの本で読んだっけ、と反省しながら空になったお膳をテーブルの端へやった。「あの人もう食べ終わってしまったわ」なんて調理師は急いでメインメニューを配膳しなければならないという使命感に追われてはいまいかと心配になってしまう。それから待つ15分ほどしたあと、メインの肉料理が運ばれてきた。この肉料理の正確な名前は覚えていないが、名づけるとすれば「モッツァレラチーズとチキンのグリル」といったところだろうか。想像できないかもしれないので詳しく述べると、オーブンでグリルされたチキンの上にモッツァレラチーズが乗っており、ソースはトマトソース的なやつである。フォークとナイフは使い慣れていないが、いかにもといった手つきでチキンを小さく切り分け、最初の一口を頬張った。ほっぺたが落ちるとは良くできた表現だと思う。チキン一切れを口に入れた数秒後、ほっぺたに刺激が走り、ほっぺたが落ちた。柔らかな食感が舌の細胞を伝って脳まで届き、香ばしいスパイスの香りが鼻を抜けていく。鶏皮のカリカリ感がもう少し欲しかったが、モッツァレラチーズのクリーミーさとチキンの肉汁がよく絡み合っており、とても美味である。2、3口ゆっくりとチキンの細胞組織を細かく嚙み砕き味わっていると。二人の若い女性二人組みが入店してきた。
20代前半か、もしかすると10代後半と思えなくもない、それくらいの若い女性二人組だった。小鳥のさえずりと、調理師が調理するカチャカチャ、ジュー、という音、フォークとナイフがぶつかり合う音しか聞こえなかった店内の空気に、新しい別の類のものが吹き込まれてきた。彼女らが来店した事により、今まで店内を流れていた雰囲気、たとえば時の流れ、静寂さといったようなものは明らに渦を巻き、乱されていった。誤解を招くようだが決して、それが不快なわけではない。否、はじめは不快だったのかもしれないが、一般的に新しいお客さんが来店したという事は、お店に取っても社会的にも喜ばしい事である。はじめは不快に感じた、というよりも何か違和感を感じたのは、ある種人間的本能の、得体の知れない他者に対する恐れのようなものを感じたからかもしれない。彼女たちは若者らしく、恋の話で盛り上がっている。別に聞きたくて聞いているわけではないが、耳に入ってくるからしょうがない。配膳された私のお皿のチキンとライスは少しずつではあるが確実に、量を減らしていた。前菜こそ素早く食べ尽くしたとはいえ、実は私は小食なのである。ゆっくりとたくさん咀嚼しながらではあるが、完食に向けてしっかりと着実に感触へ向けて歩みを進めていた。若い二人組みの女性たちのテーブルにも注文の品が届けられた。黄色い声が耳に届き、「おいしい!」「おいしいね~」というありがちな感想が聞こえて来る。もしこの時「まずい。」「まずいね~」という感想が聞こえてきた時には、思わず吹き出してしまうかもしれないだろう。そういうコメディ的な要素が実生活の中に最近欠けているような気がして、刺激的な何か、面白い事を求めている自分がいることに、薄々気がつき始めている。この人間的欲求をどのように満たせばよいのであろう。ヒトの三大欲求に食欲、性欲、睡眠欲があるというが、この三大欲求さえ満たす事ができればヒトのよ級は本当に満たされるのだろうか。私より先に来店していた女性客は、一言も喋らず、座っているようだった。私は彼女に背を向けていたので、具体的な様子を述べる事はできないが、静かに座っていた事は確かだった。
若い女性たち二人も、次第に話題が尽きてきたのか、会話が少なくなってきてきた。
少しずつ、店内には小鳥のさえずりと調理師の仕事をする時の音が聞こえるようになり、静寂な森の中にいるかのような空気がよみがえってきた。まさに私が来店し間もない頃の雰囲気に戻りつつある頃、私は最後のライスひと口分を食べ終えた。完食できた事への満足感と、お腹が満杯になったことで少し息苦しさを感じ、喉の渇きも感じた。ランチには食後に紅茶が出されるはずだ。前菜を食べ終えた時と同じように食器類をテーブルの端へ移動させ、食べ終えた事をアピールし、そろそろ紅茶が運ばれてきても良い頃合いだということを暗に訴える事にした。その訴えが調理師に届いたのか、しばらくすると紅茶が運ばれてきた。カップ一杯の紅茶だと思っていたが、やってきたのは透明なポットとティーカップだった。気分的にはイギリス王室御用達のカップでティータイムといった気分だった。カップ一杯分飲み干したところで、もう十分に感じたのだが、出されたものは全て飲み干したいという意地が邪魔をして、結局のところポットに入っている紅茶を全て飲み干すのにカップ3杯分の紅茶を飲む事になった。もうこれ以上は何もいらないと感じ、少し胃を休ませてから会計をしようと考えた。あいかわらず、私より先に来ていた常連さんらしい女性は座ったままである。女性客3人に対して男性である私は一人。調理師も女性ときている。今更ながら、私がこの場所にいる事が少し場違いなような気がしてきて、早くお会計を済ませて店を出たいという思いが強くなってきていた。しかし調理師はなかなか姿を見せない。この静寂さを乱してまで調理師を呼ぶ勇気は今この瞬間に持ち合わせてはいなかった。調理師が姿を見せるまで、少し待ってみる事にした。テーブルにある空になった食器を片付けに来てくれるかもしれない。その間私はBBCのニュースアプリで英文記事を読み始めた。最近はもっぱらアメリカ新大統領の話題で持ちきりである。どこかの国の国境に壁を作って移民の入国を阻止するために大きな長い壁を作るんだそうだ。それも、壁を作る費用はアメリカは支払わないときている。なんとラジカルな大統領なのだと批判したくなった。
BBCニュースの記事をひとつ読み終えた頃、調理師が若者女性二人組みのテーブルにある空になった皿を下げに来た。「今しかない」お会計のチャンスである。少し背筋を伸ばし、調理師の顔に視線を向けた。言葉はいらなかった。視線を投げかけるだけで反応してくれた調理師に心中感謝し、勘定のジェスチャーをした。勘定のジェスチャーといえばいくつかあるようだが、両手の人差し指でバッテンを作るジェスチャーを使った。その後調理師についていき、レジ前まで進み会計を行った。「¥1,380です。」ランチとしてはまあまあ、妥当かそれ以上の値段だと思った。私は一万円札を最近購入した長財布から抜き出し、レジ前の札置きに開げて置いた。
「一万円からでお願いします。」
「はい。」
と答えた調理師の顔に一瞬ためらいの表情が見えた。本当に一瞬だったので、見落としていたかもしれなかったが、私は確かに彼女の表情が一瞬曇ったのを見逃さなかった。なぜ調理師の顔が曇ったのかすぐに判明した。札置きのちょうど左側に、「お会計にはできるだけ千円札でお願いします」と書かれたポップが掲げられていた。個人経営のため両替までなかなか手が回らないのだろう。自分の視野の狭さと気の利かなさを一瞬呪いつつ、
「千円札ありますが、千円で払ったほうがいいですか?」
と調理師に尋ねた。
「はい。そうしていただけると助かります。」
と調理師は特に困惑した表情も見せずに自然に答えた。私は幸運にも千円札と小銭をいくらか持っていたので、先ほど置いた一万円札を長財布に戻し、代わりに千円札と小銭を札置きに置いた。
「二十円のお釣りですね。ありがとうございました。」
と調理師は言った。改めて調理師の顔を見てみると、やっぱり感じの良い、母性的な女性だった。「ごちそうさまでした。美味しかったです。」と言って、お店を後にした。
一月にもかかわらず、今日の気温は二十四度と汗ばむ陽気である。空は快晴、心地よい風が吹いている。このお店にはまた来るのだろう。駐車場がもう少し広ければ良いのになと、心の中で店に向かって愚痴を言い、次なる目的地へ向かうために車の駐めてある駐車場へと向かった。